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<コラム>数学が動き出すとき ~蛇型ロボットと三角関数の話から~

立命館大学理工学部 准教授 加古川 篤


 2025年8月22日(金)から24日(日)までの三日間にわたり,蛇型ロボットの製作体験を実施しました.今回の企画では,難しい理論はいったん脇に置き,蛇型ロボットが魅せるその独特な動きにまず注目しながら自分の手で実物を作り,実際に動かしてみることを重視しました.一方で講師としては,「身近に見える科学技術の裏側に,どのような学びや思考が隠れているのか」という点を,密かなテーマとして据えていました.
 単一の関節だけに注目すると,それは単なる肘のような可動部に過ぎません.しかし,この関節を複数組み合わせ,一定の法則に従って動かすと,ロボットはまるで生き物のように蛇行し始めます.このしなやかな運動は,関節角度を時間に対する三角関数(sinωt:ωは角速度,tは時間)に従って制御することで実現されています.三角関数を用いて角度を変化させることで,急加速や急減速を避けた滑らかな加減速が生まれ,結果として自然な蛇行運動が生成されるのです.

 三角関数は高校数学で初めて本格的に学びますが,「何の役に立つのかわからない」と感じた経験を持つ人も少なくないのではないでしょうか.しかし,波や振動,周期運動を表現するうえで,三角関数ほど強力な道具はありません.電磁波,音,交流電流,乗り物の振動,歩行,地震など,私たちの身の回りは実は「波」で満ちています.これらを物理的・数学的に理解することで,世界の見え方は一段深まりますし,将来技術者を目指す若者にとっては,確かな知識の土台となります.三角関数は決して抽象的な存在ではなく,現実世界を記述するための言語とも言えます.
 そしてもう一つ,今回の蛇型ロボットの製作体験を通して見えてくる重要な視点があります.それは,自然界は本質的に連続的であり,人工物は不連続的であるという考え方です.この関係は,アナログとデジタルの関係にもよく似ています.この一文だけを聞くと少し抽象的で,何を言っているのかわかりにくいかもしれません.しかし私は,ここにこそ工学の神髄の一つがあると考えています.
 自然界の現象は,時間的にも空間的にも切れ目のない「連続量」として存在しています.一方で,人間がそれを理解し,設計し,再現しようとするとき,無限に細かい情報をそのまま扱うことはできません.そこで用いられるのが「離散化」という考え方です.連続的な現象を有限個の要素や数値に分解し,人間やコンピュータにとって扱いやすい形に置き換える.この操作こそが,工学の基盤を支えています.
生物の蛇を例に取ると,その身体は非常に多くの骨と,それを取り巻く膨大な数の細胞や筋肉によって構成されています.厳密には骨の数は有限ですが,その数は極めて多く,結果として身体全体は紐のように継ぎ目のない,ほぼ連続体として振る舞います.私たちが蛇の動きを「なめらかだ」と感じるのは,この高い自由度に支えられているからです.
 一方,蛇型ロボットではそうはいきません.使用できる関節数,すなわちモータの数には現実的な制約があります.関節の数は有限であり,その配置も明確に区切られています.つまり,蛇型ロボットは本質的に不連続な構造を持つ人工物です.それでも私たちは,関節角度を三角関数に従って制御することで,あたかも連続的であるかのような運動を生成することができます.

 ここに,工学の面白さがあります.自然界の連続的な現象をそのまま再現するのではなく,離散的な要素の組み合わせによって近似し,機能として実現する.蛇型ロボットは,その考え方を非常にわかりやすく体現した存在だと言えるでしょう.「連続と不連続のあいだをどう橋渡しし,人類の暮らしに活用するか」.この問いに向き合うことこそが,工学を学ぶということなのかもしれません.
 そして,この問いに真正面から取り組むための格好の題材の一つが,ロボット工学です.ロボット工学は,機構,電気,制御,ソフトウェアを統合する総合技術です.学ぶ分野は多岐にわたりますが,その分,一度身につければ特定の業界に縛られない,極めて強い専門性を獲得できます.ロボットを通して培われる「理論を現実に落とし込む力」は,あらゆる分野で通用する武器になりますし,机上の理論を実際に動く「もの」として成立させる経験は工学を学ぶ醍醐味そのものだと言えるでしょう.
 こうした理論と実践の往復を本当に意味のあるものにするためには,実験環境もまた重要になります.私たちの研究室では,フィールドロボティクスを重要な研究対象の一つとしています.理論を本当に検証するためには,実験室の中だけでは不十分で,広大なフィールドが必要です.立命館大学びわこくさつキャンパスは,その点で非常に恵まれた環境にあります.都市部の大学では難しい実験や検証を日常的に行えることが,この場所の大きな強みであり,研究を前に進める原動力となっています.

 そして話は最初に戻りますが,こうしたロボットの動きやフィールドでの検証を根底から支えているのが,数学です.数学は机の上だけのものではありません.動き,社会と結びつき,世界を変える力を秘めています.その入り口は,意外と身近なところにあるのかもしれません.ここまで読んで少しでも「興味が沸いた」と感じたあなたが立命館大学理工学部ロボティクス学科への進学し,いつか私たちと一緒にワクワクするようなロボット研究ができることを楽しみにしています.